寒河江青年会議所について 設立までのあゆみ
寒河江青年会議所(寒河江JC)設立までのあゆみ
寒河江青年会議所(寒河江JC)が設立されるまでの歴史を紹介します。ページ内コンテンツ一覧
|寒河江市商工会青年協議会から寒河江青年会議所へ|寒河江青年会議所設立委員会の設置||寒河江青年会議所設立へ|寒河江青年会議所が始動|
寒河江市商工会青年協議会から寒河江青年会議所へ
会議の席上ではどこかで聞いた「青年会議所」という名にふれると同時に、新庄商工青年協議会が昨年「新庄青年会議所」に移行したことを知らされた。また、新庄青年会議所のメンバーから青年会議所についていろいろと指導していただいたものも、何がなんだかさっぱりわからず、帰りの汽車の中でも、渋谷一郎氏、齋藤賢一氏、柿本進氏などの商工青年協議会の創設者メンバーは一抹の不安を感じながら寒河江への帰路についた。
寒河江青年会議所設立委員会の設置
特に山形青年会議所は酒田、鶴岡両青年会議所のスポンサーとして認承証伝達式の準備に奔走していた時期である。7月28日、新庄青年会議所役員の方々が「寒河江青年会議所設立の動きあり」との情報に、是非設立のご指導にあたりたいと来寒してくれた。新庄青年会議所には新庄商工協議会の頃より会運営、活動諸般に渡り指導を受けて今日に至っている処から、設立にあたっては推薦青年会議所として指導協力をしてくれるよう口頭依頼して会議を終了した。
寒河江青年会議所設立へ
それと同時に定款、規定、事業計画、予算等の作成など、社団法人日本青年会議所入会のための資料づくりが行われた。深夜に渡る作業は来る日も来る日も続いた。その間、推薦青年会議所に依頼していた新庄青年会議所が、設立以来の年数がスポンサーとして制限年数不足という事から、山形青年会議所にスポンサーになっていただかなければならない事態になるなど、予期しない足踏みをしながら1967年(昭和42年)10月26日に寒河江市中央公民館において設立総会。次いで同年11月8日設立総会を開催。定款、諸規定、社団法人日本青年会議所の入会等を承認した。同年11月12日に寒河江市中央公民館を会場に設立式典を催し、第3ブロック(山形県、福島県)会長の高橋倫之助氏、ご来賓の方々、来訪JCメンバー100余名を迎え寒河江青年会議所がスタートした。
内容を理解できないままの青年会議所運動ではあったが、同年12月16日クリスマスパーティーの最中、日本JC拡大委員であった榎森伊兵衛氏から電話が入り、かねてより申請していた社団法人日本青年会議所の入会が常任委員会を通り、第364号をもって承認されたとの知らせが入った。
会場は喜びの渦となり記念すべき日となった。
寒河江青年会議所が始動
その後、内部結束の固まった組織を基準として、内部活動から外部活動へと事業を発展させた。市民会議の開催をはじめ行政との懇親会などを開催するなど社会開発運動を大きな柱として運動を展開。寒河江青年会議所のビジョンづくりをした。こうして明るい豊かな社会の実現のためを掲げた寒河江青年会議所が始動した。
~創立10周年記念誌「燃える情熱」より抜粋~

















